蹲る。
木々を揺さぶる羽ばたきの音。上空を鳥影が駆ける。
膝をついた地面から冷気が這い上がってくる。
手のひらを地につけて体を支え、荒い息を吐き出した。
時折、ぎりぎりに絞られた気管支から悲鳴のような音が上がった。
もう少し。
もう少し。
まだ逃げられる。
もう少しだけでも生きていたい。
ひたりひたりと裸足の足音が追ってくる。どこか愉しげな歩調、根拠のない余裕と微かな狂気の滲む笑み。
その手に握られた太刀が鈍く光るさまを思うと、知らず目じりから涙が滴り落ちる。
太刀に付着した血を馴れた手つきで払いながらこちらを見下ろし、自分は正気だと言い放った。
正気だよ正気に見えない?狂ってなんかいないよ、まだ。
まだ!
喉を仰け反らせ哄った。
(逃げなければ)
木の幹を支えに、よろめいて立ち上がる。
斬りつけられた肩が酷く痛み、血を含んだ服地が肌に張り付くのが判った。
逃げなければ。
逃げなければ。
逃げて。
ぼとり、と肉が落ちた。積もった葉が肉の重みに音を立てた。
歩を進めるたびに落ちる肉が、腐臭を撒き散らした。
自分の体はどうやら腐っているようだった。
ギイィィィィイイ、イ、イ、イイイアアァアアアアア――――――
長く尾を引く悲鳴が木霊した。
一瞬の静寂。
それが誰の声かを気にかけることもなく、再び前進を始める。
落ちる腐汁が木の葉を濡らし、蛞蝓が這うような跡を作った。
ピクニックに行こう!
うん、お弁当作ってネ。俺も手伝うし!
森の奥?
知らないヨー。行ったことないもん。
でもきっと皆で行けばダイジョーブだと思うんだ。探検だよ!探検!!
俺は一緒に行くって言ってくれた人と一緒に行く。
道連れは多いほうがいいデショ?
一人でも多いほうがいいデショー?
約束!
俺の骨拾ってくれるって言ったよネ?
逃げて。
逃がしてあげて。
お願いだから、見逃して。
殺さないで。
奪わないで。
そんなむごいことをしないで。