尖ったアイスピックで氷を削ぎ落とす。視線は時折手元に落ちるだけで、器用なものだ。
やたら西洋人じみた外見に反して指先は案外細かく動く。
異国人は異国人でも器用なのは支那人のはずだ。あの国の人々は綺麗な刺繍を作ったり、米に絵を描いたり、丸めた足で歩いたりする。
支那人でもないのに器用なのはおかしい、と蜂岡は思う。
「支那人を騙って楽しいのか。西洋人なのに」
「何度も言いますが」
お手上げとでも言いたげに、木森は大げさに両手を上げた。意に反して長くなった付き合いの中でこの話題は消えることなく何度も繰り返されている。右手のアイスピックに引っ付いていた氷の欠片が、カウンターの上に滑り落ちた。
「僕は日本人です」
「どうだか」
「別に信じてくれなくても結構ですよ」
木森は肩を竦めて、再び氷を砕く。
一定の間隔で響く音を聞きながら蜂岡はカウンターに伏せてぐずぐずと気を抜いた。
作って貰った酒はとうに温くなっている。でもこれは温くても美味いらしい。この温度からこの温度までが美味くてまずくて、だからこの酒はこれこれこうでこう、と事前に説明するのは木森なりの、ある意味においての、気遣いのようなものかもしれなかった。温度は指先で測れる。
偶に視線をあげてみるとキリン堂の主人は氷を裂きながら、脇に置いた本をのんびりと流し読みしている。フラワーアレンジメントがどうとかこうとか。花屋がどうして氷を砕くのだろう。
暫く見ていると視線が合った。
顔立ちの彫が深い。
手を伸ばしてみた。袂が少し邪魔になる。戯れに触れてみたかっただけだ。
「器用だな」
アイスピックだ。
そういえばそもそもアイスピックの話だったと思い出して、器用だなと蜂岡はもう一度言った。
「慣れてますから」
「手元を見ずに氷を砕く練習でもしているのかい」
いいえと木森は否定した。
伸ばされたままの蜂岡の手に触れた。
触れたのは左の人差し指で、長い間氷を押さえていたその指先は随分と冷えていた。
眉を顰める。
「冷たい」
「慣れて下さい」
視線を合わせたまま指先は手首の脈に触れ、僅かに浮き出た腱を、見ずとも正確に辿る。
ゆっくりと肌を滑り降り、袖口に少し潜って肘に触れた。
肘を掴まれる。それだけで腕の自由を封じられる。
距離が近い。
触れる指先が体温と交じり、徐々に温くなる。
「林、」
「慣れてますからね」
「……ああ、そう」
何となくむっとして蜂岡は視線を逸らし、身体を引いて取り戻した肘をもう一方の手で隠すように覆った。
撫でられた感触がまだ残る。
指が這った痕は僅かに湿って濡れている。
――中途半端な。
立ち上がった蜂岡を見て、木森はニヤリと笑った。
「おや、お帰りですか。今日は早いじゃないですか」
「きみの今夜の練習の邪魔をしては悪いからね」
「そんなものは必要ありませんよ。お勘定は?」
「もう払った」
ばか、と一言言い置いて唯一の客が不機嫌に逃げ去ると、扉の閉まる音の後で店主は肩を竦めた。
ようは慣れの問題なのだ。
読みざしの本のページを一枚捲り、塊のまま未だだいぶ残る氷の、透明な表面に指先を滑らせてつるりと撫でた。