おはよう。
秒針の動く音を聴く、夢を見た。
おはようと誰かが言った。
重い瞼を開く。
虹彩が一番最初に映し込んだのは血の色にも似た鮮やかな紅だった。
「おはよう」
それは目覚めの挨拶で、低く静かなわりにはなんらかの明確な意思を持つ声が作る。
重く鈍く軋む身体を起こす。いつもの服、いつもの身体、いつもの曇天。
辺りに広がる赤。曼珠沙華だ。彼岸花だ。ぼやけた思考が判断するまでに数秒がかかった。
荒涼とした空間は乳白の霧に包まれ、どこか遠くから落ちる滝の轟音が響く。
覆い来るように巨大に、深く影を落とすのは、あれは中央門だ。
どうしてここに居るのかは、いくら考えても判らなかった。
夜の眠りについていたはずだ。ごく真っ当に布団の中で。或いは全く別の場所で。それから後のことを考える。
どこか小さな町で暮らすゆめ。
「ただのゆめだ」
ゆめは長くは続かない。
挨拶の後はこちらの様子を待ち、大地から突き出た岩のひとつに腰掛けたままだった隻眼の男がもう良いかと口を開く。それほど暇ではない。
目は覚めたか?
……いや、生界とは違う。
知っているだろう。
此処の者ならば此処に還る。
憶えていないか。
崩れる痛みを。
死んだ町の、死んだ人間のことを。
憶えていても。
憶えていなくても。
どちらでも同じだ。
ぽつりぽつりと言葉少なに話しておいて、さあ、と男が霧の向うを指差す。
霧の向こうには人の暮らす場所があり、人が集えば町となる。
あるはずの町が消え去っても、その町は残る。
――さあ。
戻れ。
道は真っ直ぐに行けばいい。
辿りつく先が、
……。
じゃ、また。