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烏鵲の橋は無くとも 4

 
 

林の態度が一変して暫く経ったある日、わたしはある事に気が付いた。うかつといえばうかつだった。桃香の面倒で手を焼き、自分自身に余裕がなかったことは確かだが、同じ屋根の下に一緒にずっと住んでいて気づかなかった自分が情けなかった。
「最近ずっと居るけど休学届けちゃんと出したの?」
大量の花を分別しながら林はさらっと言った。大学を辞めたことを。
「なんで!?」
「何故と言われてもねぇ」
林は立派なデルフィニュウムの束を重そうに筒の中に入れる。長く青い八重の花をつけるこの種はスペースファンタジーというらしい。
パンパンと手をはたくと、林は家業を継ぐのはおかしいですかと聞いた。
「おかしくは無いわよ。でも折角……」
「別にこれといってしたいことが無かったですからね。無駄だと思ったのですよ。僕はこの仕事が好きですからね」
「そう……」
「それにモモの面倒も見れますしね」
そう言った林はとても嬉しそうな笑顔を見せた。実際に林は桃香の面倒を良く見てくれた。良く判らないが可愛くて可愛くて仕方ないようだった。ここまで年が離れるとそういうものなのだろうかと思ったりもした。
と、同時に林は週に数回家を空ける日が始まった。空けるといっても日中は仕事に精を出しているのは相変わらずだし、遊びたい盛りでもあるので別に口出しをする必要は無いと感じていた。それに夕方から出て行くときや休むときは必ず事前に私かあの人に了承を得る。その周到さはとても林らしかった。
店に女性から林あての電話が頻繁にかかり出したのはそんな時期を暫く経たころからだった。一人ではなく色んな女性から……。以前の彼ならこっぴどく拒絶するような女性に対しても林は甘く言葉を紡ぐ。電話口で相手にささやく林の声に私は耳を覆いたくなることがしばしばあった。本心をどこかにおいてきたようなそんな偽りがあることを林に対して感じたていたから。私が何を林に求めていたのか良くわからないが、私の中にあった林が音を立てて崩れていくようだった。それほどの焦燥感をこのとき私は受けていた。
言い寄ってくる女性に対しての辛辣さは極端に少なくなっていたが、それ以外は以前の林と別段変わった様子はなかった。その証拠に桃香が3歳になった頃、林はある人を自分の前から排除する。
思い起こせばそれはとてもたわいのない始まりだった。桃香の面倒を良く見る林は、何かにつけて桃香を連れ歩いた。足らなくなった醤油の買出しのときや店が暇な時など……。近所でもそれは有名で、桃香がまだ小さい頃など平気でおんぶなどして行ったりもした。恥ずかしくないのかと問えば、何故そう思うのかと反論するあたりは昔の林と変わりなかった。たまに一人で買出しなど行くと店の人から、今日は娘さんは一緒じゃないのか等と問われたと、林は楽しそうによく話してくれた。
そういった会話が冗談であることは周知の事実であったし、当然のことながら林もそう受け取っていたからこそ私に話したのだろう。
だがいつの間にかその話が信憑性を帯びて徐々に広まっていった。それは商店街の新参者の一人からもたらされたという事を私が知ったのは、林がその人を町から叩き出した後だった。林の性格を知らなかった事と、ここに来て日の浅かったことはその人にとって不運だったのかもしれないが、あまりにも噂にする話が節度を越えていた。
桃香が私と林の子供だという話など林が激昂しても当然だろう。たとえ林でなくてもそんな噂を立てられれば誰だって相手に噛み付くに違いない。ただ相手が林だったためにこの町を去ったのが噂を立てた人だということ。林じゃなければこの町を去っていったのは私たち一家だったに違いない。
「そこまでしなくても……」
「モモがまだ幼かった事を幸いだと思っていただきたいですね」
「それはどういう意味?」
「モモに意味の重大さがわかるほどの年頃であったのなら、叩き出すぐらいでは済まないと言う事ですよ」
それが実際にどういうことを示しているのか林は言葉にはしなかったし、私もあえてそれ以上は聞かなかった。林の表情からそれがどういうことなのかを伺い知り、怖くて言葉には出来なかったのが本音だった。
林の中にこれほどまでに激しい部分があることを私はこのとき初めて知った。
「僕がそう思われても別に平気ですよ。やましいことはありませんからね。でも――」
「林……もういい。その話は止めましょう。終わったことだもの」
「……そうですね」
ゆるりと私に背を向けると林は三階の自室に戻っていった。

 
 
 

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