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烏鵲(うじゃく)の橋は無くとも
 
 
 
 

彼を初めて見たのはあの人の店の前だった。今から思えばまだ成長途中だったのだが、その時すでに彼は私の背を抜いていた。それは多分に私の背の低さの所為でもあるが、そればかりでなく落ち着いた物腰と話す言葉に大人びた印象を受け、私は思わず敬語で切り出した……らしい。
らしい等と自らが表現するには妙な話だが、実際のところこのとき私は彼と何をどう話したか全く記憶が無く、後に彼がこの話を(からかいながら)しても私はその記憶を手繰り寄せることは出来なかった。この話をネタに彼に幾度と無くからかわれ、未だもって彼には子供扱いをされるが、私自身彼に対する年上感は拭われては居ない。それほどまでに最初に感じた印象が鮮烈だったとも言えよう。私が17歳だった当事から色あせることなく何時までも変わらず私の中にある。
それは――のときのこの瞬間も。
当時の私はまだまだ子供で(今も変わりはないだろうけれど)、この受けた印象に対し自分がそういう行動を取っただろう事は充分に予想されたし、この年になっても初めて彼と出会ったのなら私は同じ行動を取るに違いない。いや、今の彼に対してはむしろあの当時よりも遙かに一目を置く。計り知れない何かを彼は心の奥に抱えている気がするから―――。
それを思えばあの当時の彼はとても可愛らしい。最初の出会いを果たした後の5年間というものは特に無邪気であった気がする。今も確かに無邪気なところはあるが、それはどこか歪んでいるように私には見える。

「え?」
 それは全く予想だにしなかったという表情で彼は私に顔を向けた。でもそれはほんの一瞬のことであり、そして彼が純粋にそんな表情を私に見せるのはこのときが最後だった。いや、違う。つい今しがた見た気がする。彼がここを出るほんの数分前に。それは私へのはなむけだったのだろうかそれとも……。
ただ私が思うのは、それからの彼は誰に対してもそういった無垢で無防備で純粋な表情を見せたことが無い……に違いない。でもこのときの私はあの人に夢中で、垣間見た彼のその表情の重さに気付かずに居た。
私が22歳。彼が17歳の時。最初の出会いから5年を経たまぶしく陽が照りつける午後の日のことだった。
その2年後、私はあの人の妻になった。それは同時に彼――林の母親になることでもあった。

 駅前にある商店街の中ほど近くに店舗を構えるフラワーショップ麗(うらら)は、林がバイトという名目の家業手伝いをしだした頃から次第に若い女の子の客が増えたとあの人は言っていた。
あからさまな目的で来る客に当時そこに別の目的で通っていた私が時折茶々を林に入れたりしたものだが、彼は決まって「興味ありませんよ」と答える。実際に彼は興味なさげで、淡々と応対をしていた。
「たまには愛想でもいいから優しくしてあげたらどうなの?」
「何のためにですか?」
「店の売り上げ倍増するかもよ」
「なるほどねぇ」
そう答え、ふっと林は笑い、
「花を必要として買いに来る目的以外の人へは僕は正直な話、売りたくはありませんよ。それをわざわざ我慢して彼女たちに売ってあげているのです。充分に店の売り上げに貢献していると思っていますけどね」
絶句した私を面白そうに林は見ていた。そして尚も畳み掛けるように言う。
「そういう意味で来る貴方にも売りたくは無いですが、どうやら貴方の場合の目的は彼女たちとは少し違うようですからね。それは僕には全く……とまでは言いませんが、今のところ僕には関係の無い話です。だから快く応対しているでしょ?」
「なっ……! 花が欲しいから来てるのよっ」
「そうですか。しかし不思議なことに貴方の家ではどんな花も2・3日で枯れるようですからねぇ。ここらあたりのものなら1週間は平気で持ちますよ。如何ですか? これでしたら当分は困らないはずですけど?」
と、うす桃色のスプレー菊を1本手にしてクルクルと回す。
「き……菊は嫌いなのっ」
「困りましたねぇ。どんな花も好きになってもらわないと。ね」
意味ありげに林は笑う。
「ああ。どうやら父が配達から戻ってきたようです。父に花を見繕って貰って下さい」
ストンと手に持っていたスプレー菊をバケツに放り込むと足早に林は店の奥へ姿を消した。
「やあ、いらっしゃい」
 にこやかな笑みを私に向ける林の父親。林が今しがた言っていた私の“目的”。
「おや? 林が居ませんでしたか? おーい、林!」
店の奥へ向かって叫ぶ声をあわてて私は制止する。
「違うんです。何を買うか迷っていたものですから、決まったら呼びますと私が言ったんです」
「本当に?」
 少し怪訝そうな表情を見せつつも
「迷ってるのなら余計にあいつが居ないと駄目なのにねぇ。店番の意味が無いですよね」
と、にこやかに私にそういう。
この日、見繕ってもらった花は確か都忘れだった。

 
 

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Tag: 木森林